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投稿者:wawa

ホワイトワーム

2025年2月7日X投稿より

ダーウィンが最も愛した生き物と言えるのがミミズです。
ダーウィンは40年に亘りミミズを研究し”a hobby-horse”(好きな物の追求)と表現しています。
趣味を表す”hobby”の語源は1400年頃に使われていた「小型で活発な馬」を意味した”hobi”や”hobyn”と言われています。
後に、棒に馬頭を装飾した日本で言うところの春駒にまたがり馬術を模して競うスポーツの”hobby-horse”を意味するようになり、1816年に「好きな物の追求、趣味、おはこ」といった現代的な意味に変化しました。

ダーウィンが亡くなる半年前の1881年に出版された最後の著書「The Formation of Vegetable Mould Through the Action of Worms」には、地質学者に戻った視点からミミズの活動による土壌の小さな変化の累積が大規模な変化に繋がると書かれていますが、これはダーウィンが提唱した種が変化し多くの世代を経て新しい種が誕生する進化と共通のロジックが見て取れます。
ダーウィンの根気強く鋭い観察力の積み重ねが創造論の社会を一変させたのですからこれもまた時代の新化(進化)と呼べるかもしれません。

ミミズの仲間は釣りをはじめとして多種多様な生物の餌として使われていますので馴染み深い人は多いと思います。
さらに、タンパク質、必須アミノ酸、n-3 PUFA(DHAを除く)、ミネラルや微量元素が豊富でDHAレベルを高く培養すれば海洋生物養殖用の餌としても使用できることがわかっています。
その餌生物としてのミミズの中から日本での流通が少ないホワイトワームを取り上げてみたいと思います。

Enchytraeus属のミミズとしてはホワイトワームとグリンダルワームが餌生物として利用されています。
業界的にはホワイトワーム(Enchytraeus albidus Henle, 1837)、グリンダルワーム(Enchytraeus buchholzi Vejdovský, 1879)と定められていますが多種で同定が難しいミミズですので複数種が流通している可能性があります。
但し、両者の流通名としての区別はサイズにありますので流通名が混同することはありません。

系統上は多くの種がE.buchholziの近縁グループに属し体長15mm以内の小型種で、非系統種のE.albidus群は30〜40mmに達すると言われています。
また、一部のグループにはヤマトヒメミミズ(E.Japonensis)のように砕片分離(無性生殖)で再生により増える種も存在します。
WoRMSの分類によると2025年2月時点で36種なので50種程度存在したものからまとめられる傾向にあるようですが、タイプ種のE.albidusが形態的に類似した近種の種複合体(species complex)であることがわかっていますので同定の難しさが感じられます。

培養はどちらも容易で非常によく増えますがホワイトワームの至適温度は10(4)〜20℃と低めで、24℃を超えると繁殖スピードが低下し、30℃を超えると致死率が高くなるので夏季の温度管理が困難になることが日本で普及しにくい理由と考えられます。

歴史的に見ると旧ソ連では養殖チョウザメの稚魚の餌として大規模なホワイトワームの培養が行われていました。
25~30億匹のチョウザメの稚魚を育てる養殖場では、100~300gのホワイトワームが入った木箱が1,000個ほど並んでいたという記録がありますが現在では世界的に見てもこれほど大規模な培養を行うところはありません。
ヴォルガ川沿いに養殖場を設立し「カスピ海チョウザメ繁殖プログラム(SRP)」を始めたのが1950年代初頭なのでそれ以降のホワイトワームの需要量の増加とともに培養技術が確率されたと想像できます。

ホワイトワームはさまざまな培地と餌により培養できますが、牛乳に浸したパンまたはヨーグルトを塗ったパンに酵母をふりかけて培地に置く給餌方法が定石とされています。
ロシアではミルクワームと呼ばれることが多いことからこの給餌方法も旧ソ連で考案されたと考えています。
Enchytraeus属は自然界では土壌、淡水、汽水、さらには海岸地帯に生息しますがいずれも牛乳とは無縁の環境に感じます。
では、何故ホワイトワーム培養に牛乳が使われるようになったのでしょうか?

ミミズは落ち葉などの有機物を選択的に食べるほか、非選択的に土壌を食べて砂などの土壌鉱物を使い土壌有機物や微生物を擦り潰し摂取しています。
組成が異なるさまざまな食物を消化するにはさまざまな消化酵素や微生物叢が必要になります。
場合によっては酵素や微生物叢による解毒のメカニズムが必要になるかもしれません。
ミミズは牛乳に含まれる乳たんぱく質の約8割を占めるカゼインを分解できる酵素を持っています。

ところで、1878年にフレデリックによりミミズの消化管から酵素が分泌されることが確認され、1920年にケイリンによってカゼイン、ゼラチン、アルブミンを分解できるいくつかのプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)が発見されたという論文や記述が見られますがこれは間違いではないかと考えています。

ミミズの酵素が発見されて数十年後の1980年頃から日本、中国、韓国に於いてミミズ酵素の研究が盛んになる時期がありました。
1983年に元宮崎医科大学副学長(現宮崎医科大学名誉教授)の美原教授がLumbricus rubellus(赤ミミズ)から血栓を溶かす線溶活性化酵素を発見しミミズの名に因みルンブロキナーゼと命名しました。

この少し前の1979年にPakやParkという情報から判断しておそらく韓国人の朴(パク)姓の研究者によってカゼイン、ゼラチン、アルブミンを分解する酵素が特定されたのではないかと認識しています。
(李兴发; 贾飞飞; 刘建蓉; 侯全民 ;王辉,2005 )
すなわち、ミミズがカゼインを分解できることが生理学的に解明されるより前に旧ソ連の養殖業界では実績により証明していたと考えています。
1958年にソ連農業省が発行した「Разведение живого корма」に投稿された D. ラドチェンコによる生き餌の繁殖の記事には「牛乳がないと発育がはるかに遅くなる」と記載があります。

本題に戻りホワイトワーム培養に牛乳が使われた経緯は明らかにされていませんので正確なことはわかりませんが、Enchytraeus属の学名の由来から推定することができます。
属名には「土鍋の中にいる」のような意味があり、英名では”Pot Worms”(植木鉢ミミズ)と呼ぶこともあります。
ヘンレ(1837年)によると植木鉢の水の中、あるいは植木鉢の水と関連して発生する虫が由来となっているようです。

ロシアでは牛乳やケフィアを有機肥料(一部の植物を除く)として利用することが古くから定着しています。
現在では希釈しヨウ素を添加して牛乳肥料を作りますが、牛乳には植物の栄養源として機能するカルシウム、タンパク質、脂肪、その他の栄養素が豊富に含まれており、根系を強化して開花を刺激し、うどんこ病やその他の真菌性疾患に対し一定の効果があると考えられています。

時として大量発生する白い害虫が植木鉢の中で蠢いたり団子状に絡み合う不快な姿に煩わされたことでしょうが、牛乳を土壌に滴らせば簡単に増えるというヒントをもとに水産業に貢献できる益虫に変えることに成功しました。

チョウザメ養殖が行われていた当時、特にレオニード・ブレジネフの治世中(1964年10月~1982年11月)は「経済の停滞期」と言われていますが、コスイギン改革とも言える「第8次5カ年計画」(1966~1970年)は「黄金5カ年計画」と呼ばれるほどの高い経済成長が得られ、ほとんどの家庭が冷蔵庫、テレビ、洗濯機、ラジオを購入する機会に恵まれたと言われています。
また、牛乳の生産と加工の絶頂期に位置し乳製品にとっても黄金時代でした。
牛乳、カッテージチーズ、チーズ、サワークリーム、ケフィア、発酵ベークミルクなどの乳製品が国民の毎日の食卓に欠かせないものであったということからも乳製品はもっとも身近なホワイトワームの栄養素であったと言えます。

牛乳の殺菌方法は国により異なるため生き残る微生物の種類や数に違いが生じることで栄養価や土壌に散布後の微生物の増殖に差が生じると考えることもできますが、カゼインがホワイトワーム培養に与える影響に注目した研究も存在することから考えてホワイトワームはタンパク質要求量が高いと考えることができます。(Timur et al. 2003)

ホワイトワームが大量発生する身近な環境として植木鉢以外にミミズコンポストがあります。
日本ではコンポストに発生するEnchytraeus属のミミズを一般的にヒメミミズと呼びます。
通常シマミミズなどのコンポストワームに対して肉類や乳製品といった酸性食品を与えることは「サワークロップ」または「真珠の首飾り」と呼ばれる致命的なタンパク質中毒を引き起こす原因となることから禁忌とされています。
シマミミズなどツリミミズ科のミミズには石灰腺と呼ばれる腺があり、余分な炭酸カルシウムを出すことで食べ物の酸性を中和し、食道から腸へ送る前に食べ物をカルシウムで包み込む一種の解毒システムを持っています。
酸性食品やタンパク質過多の場合、餌や土壌中にカルシウムや擦り潰すための砂が不足する場合など消化プロセスが損なわれると消化器官内で発酵によるガスが発生し最終的に消化器官が破裂し死に至ります。
この時の外見が真珠に糸を通した首飾りに似ていることから「真珠の首飾り」と呼ばれています。

このようにタンパク質資源の少ないミミズコンポストにタンパク質要求量の多いヒメミミズが大量発生することは両者が片利共生の関係にあると捉えることができます。
また、餌を与えすぎたり多湿になるなど安定したコンポストの環境に変化が訪れた時に均衡が崩れヒメミミズ優勢に逆転することがあります。
ヒメミミズはコンポストでドライロスフィア、ドライロスフィア及びシマミミズの処理量の限界を超えた有機物により影響を受けて増えた微生物、微生物分解が進みC/N比が低下した有機物、均衡が崩れた結果淘汰されたシマミミズの死骸を食べているのではないでしょうか。
ここで言うドライロスフィアとはシマミミズがepigeicミミズであるので糞尿などのミミズ堆肥ということが出来ます。
ヒメミミズがいるコンポストの堆肥は窒素安定同位体比(δ15N)の分析をしてみないと正確なことはわかりませんがシマミミズのみのコンポストより栄養段階が高い堆肥であると推定できます。
※ドライロスフィアとはミミズの分泌物や排泄物の影響を受けた土壌のこと

尚、シマミミズ(Eisenia fetida)の体腔液に含まれるライセニンは細胞表面のスフィンゴミエリンに特異的に結合し細胞を溶解する孔形成タンパク質毒素で哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類など多くの種に致命的な作用を与えます。
再生能力の高い有尾類は何らかの対抗メカニズムを持ち合わせているようですが幼生、幼体、また特に無尾類のオタマジャクシに対しシマミミズを切って与えることは避け、精子への細胞毒性も強いため成体の両生類に対しても頻度を落とすか与えないことが賢明である考えています。

ミミズは接触することでコミュニケーションを取り「集団決定」を行うことで知られています。
外敵から身を守るためや雨により移動するときなど環境に大きな変化が現れたときに「ワームボール」と呼ばれる団子状の群れを作ります。
この性質を利用して土壌からホワイトワームを簡単に収穫することができますので動画にしておきます。