X投稿より
ツボカビとは
ツボカビ(ツボカビ門 Chytridiomycota)は、地球上で最も古い真菌系統のグループの一つです。
形態的特徴は遊走子(鞭毛を持つ胞子)を形成することで、水環境と極めて相性がよく起源が水圏にあったことを示す証拠であると言わています。
両生類に関わる主な種としては以下の二種類があげられます。
Bd(Batrachochytrium dendrobatidis)
・世界的な両生類大量死の原因(無尾目、有尾目、無足目のすべてに感染します)
・正確な起源は未解明(遺伝的多様性が最も高い東アジア起源説が有力)
・角質層に寄生(主に電解質異常による心停止)
Bsal(Batrachochytrium salamandrivorans)
・2013年に初めて特定、有尾類(イモリ・サンショウウオ)に特異的に感染
・約6600万年前以降にBd系統から分岐したと分子時計解析で推定
・表皮全体を侵食(潰瘍化・皮膚崩壊)
ツボカビの起源
菌類と動物は「オピストコンタ」と呼ばれるグループに属し、共通の単細胞性の祖先(アモルフェアの祖先)から進化しました。
菌類全体が動物との共通祖先から分岐したのは約15億年前と推定されており、ツボカビ門としての起源も数億年以上前まで遡ると考えられています。
形態的に「ツボカビ」と確認できる最古の化石記録は、先カンブリア時代末期(約5億〜6億年前)のベンド紀(エディアカラ紀)の地層から見つかっています。
Bdの現生系統としての分岐時期は不明ですが、数万年前とする推定もあります。
しかし、両生類とツボカビの生態学的接点は遥か4億年前に遡ることができると考えています。
藻類が陸上に進出する際、まだ根を持たなかった彼らにとって、菌類は「根の代替器官」として窒素 ・リン・ミネラルなどを供給する不可欠なパートナーでした。
ツボカビに近いグループや、グロムス門(Glomeromycota)やケカビ門(Mucoromycota)の菌類が植物の細胞内に侵入(共生)し栄養分を吸収して植物に受け渡したことで植物の上陸が可能となり地球上の緑化が進みました。
また、菌類は岩石の風化を促進し有機物を蓄積させたり有機物の分解を通じて「土壌」をもたらしたことで植物が繁栄し、水辺の湿った土壌やリター層、マイクロハビタットという新たな生態系が誕生しました。
この環境整備こそが、後の両生類の上陸を可能にしたと言えます。
両生類の上陸は「危険な罠」だった
四肢動物が本格的に上陸したのはデボン紀後期(約3億8000万〜3億6000万年前)です。
両生類は陸上生活を送りつつも、呼吸の多くを皮膚に依存(皮膚呼吸)するため、角質層は薄く、常に湿った皮膚を残す道を選びました。
これは真菌など病原体に対して極めて脆弱な進化的トレードオフであったため、ツボカビの遊走子が活動するために不可欠な「水分」と、両生類が生きるために維持すべき「湿った皮膚」が、同じ場所(水辺のニッチ)で重なりました。この段階で、両生類がツボカビにとって新たな宿主となったと考えられます。
現在のBdやBsalは両生類の「ケラチン」を分解しますが、ツボカビ門の多くの種は、本来キチン(昆虫や他の菌類の細胞壁成分)やセルロース(植物の成分)を分解する能力を持っています。水辺の植物遺体(セルロース)や、両生類より先に上陸していた節足動物の死骸(キチン)を分解する腐生菌として生活していたものが両生類の皮膚に寄生し多糖類(糖鎖)や剥がれ落ちた皮膚のデトリタスを栄養素としていたのではないかと考えます。
皮肉にもツボカビが用意した湿潤な新世界に踏み込んだことが4億年に渡る共進化の旅の幕開けとなりました。
両生類の皮膚防御システム:全4層の連合軍体系
両生類(特に有尾類)の生存戦略は、4億年の進化を経て構築された「生体」と「微生物」による連合軍(ホロビオント)によって支えられています。
※以下は、両生類皮膚防御を理解するための概念モデルです。
【第1層:微生物バリア】 — 前線の偵察部隊・同盟軍
構成: Janthinobacterium lividumやバチルス属(B. licheniformis 等)などの有益菌。
役割(戦術): 抗菌物質(ビオラセイン、リケニシン等)の放出、病原菌とのニッチ競争、バイオフィルムによる物理遮断。
情報戦の役割:有益菌が敵(ツボカビ等)を分解し、その情報を皮膚の樹状細胞(偵察兵)に伝える「通信兵」として機能します。
また近年の研究で、単なる「通信(情報)」だけでなく、何パターンもの「兵器の部品(TTXの類似体や前駆体)供給」を微生物が行っている共同作業説が非常に有力なシナリオとして注目されています。
【第2層:化学バリア】 — 研究開発部門・軍需工場
構成: 顆粒腺から分泌されるAMP(抗菌ペプチド, antimicrobial peptides:マガイニン、カテリシジン等)。
役割(戦術): 第1層を突破した病原体の細胞膜を直接破壊する「生体内の弾薬」。
運用ロジック:本部(第4層)の指令に基づき、最も殺傷力の高い組成へ微調整や生産強化を行い、弾薬の無駄打ち(エネルギー浪費)を防ぎます。
【第3層:物理バリアと再生】 — 土木工事・インフラ再建
構成: 表皮角質層、ムチン(粘液)、および幹細胞による組織再生。
役割(戦術): 感染部位を脱皮によって物理的に捨てるパージ(リセット)と、組織の完全修復。
運用ロジック:第1層が時間を稼ぐことで、本部はパニックに陥ることなく、安心してインフラ再建(再生)に全エネルギーを注ぎ込めます。
【第4層:全身免疫と恒常性】 — 統合参謀本部・司令部
構成: 獲得免疫(抗体)、T細胞、マクロファージ、および自律神経・内分泌系。
役割(戦術):「学習」と「持続」。過去の敵を記憶し、リソース(エネルギー分配)を最適化します。
本部の判断:
最適化: 偵察情報に基づき、特異的抗体の配備や戦法を決定します。
抑制: 同盟軍(第1層)が防戦している間は、過剰な攻撃指令(第2層の乱射)を抑え、自軍の領土(皮膚)を荒らさない「冷静な統治」を維持します。
無尾類の再生能力は、完全変態と免疫成熟を含む生活史戦略の中で維持されなくなった
無尾類は尾がなく切られる部位が少ない、四肢が短く再生メリットが低い、捕食圧への対策が跳躍・毒・警戒色という特徴があり再生して得られる利益が小さいため高速化・高繁殖・強免疫という別の生存戦略を選んだ結果、再生という古い技術を維持できなくなりました。
Bdパンデミックは無尾類の進化的選択の弱点を突いた現象と言えます。
・再生が限定的
・AMP暴走後の選択肢がほぼない
Bsalは再生そのものを標的にした唯一の真菌
BsalはK-Pg境界付近(約6500万〜5000万年前)でアジアで進化した有尾類が寒冷な気候に適応しながら分布を広げた時期にBd系統から分岐しました。
Bdは宿主を多数選べますがBsalは有尾類しか宿主選択肢がなかったためBdとは異なる進化をしました。
有尾類は肺を持たないサンショウウオ(プレソドン科など)や皮膚呼吸への依存度が極めて高い種が多く、皮膚の角質化は窒息に直結する死活問題です。
Bsalは宿主の皮膚を溶かす(潰瘍を作る)ことで宿主を生かしたまま自身の増殖場所を確保する進化を遂げました。
これに対しアジアの有尾類は、数千万年かけてこの「皮膚に穴が開いても治す」ことで持ちこたえるための再生能力を確立しました。
再生能力は、系統的には獲得免疫を確立した顎口類(魚類)以前のより原始的な動物、さらには地球最初の生命体である単細胞生物にまで遡る、極めて「古い技術」でツボカビとの進化スピードの圧倒的な差により新しい遺伝情報を創造するよりも古いプログラムを再起動させてアップデートすることが最も早い対応策であったと言えます。
進化スピードの圧倒的な差
世代時間(次世代の繁殖個体が生まれるまでの期間)の比較
ツボカビ
世代時間:数日~数週間
100年間の世代数:約1,000〜10,000世代
サンショウウオ
世代時間:3~10年
100年間の世代数:約10〜30世代
カエル
世代時間:1~3年
100年間の世代数:約30〜100世代
再生と免疫の歴史的なタイムラインの比較
再生(修復):約38億年前〜
最初の生命(単細胞生物)
組織・全身再生:約10億年前〜
初期の多細胞動物(海綿、ヒドラ)
自然免疫:約10億年前〜
多細胞生物の自己防衛の始まり
獲得免疫:約5億年前
顎を持つ魚類(顎口類)の出現
再生能力は陸上への進出と共に失われた
乾燥とROS:陸上では、高い紫外線やROS(活性酸素)にさらされ、組織の脱分化・再分化(再生)が困難
速い修復の必要性: 陸上の感染リスクが高い環境下では、時間をかけて再生するよりも、傷口を素早く閉じる(免疫系による修復)方が生存に有利
一方、この歴史を持たないヨーロッパのファイアサラマンダーなどは、Bsalの破壊スピードに再生が追いつかず、あっという間に全身の皮膚機能を失って死亡してしまいます。
一つでも欠けてはいけない再生の5つの前提条件をひとつずつ奪ってしまう「殺そうとしても死なない宿主確殺戦略」への進化
炎症が低下可能か→✕
・表皮が急速に壊死
・好中球・マクロファージが大量流入
・慢性かつ制御不能な炎症
感染が局所に留まっているか→✕
・表皮全体にパッチ状壊死
・境界不明瞭な病変
基底膜・真皮が残っているか→✕
・角質と基底膜を溶かす
再生に必要な時間が確保されているか→✕
・発症から致死までが極端に短い
・再生プログラムが始動する前に崩壊
代謝・浸透圧がまだ保たれているか→✕
・表皮バリア喪失
・電解質・水分調節破綻
マクロファージの役割:哺乳類ではマクロファージが「攻撃と炎症」を主導しますが、イモリなどでは「組織修復の指揮」を執ります。この「炎症の抑制」を逆手に取り、制御不能な炎症を引き起こすことこそが、Bsalが突いている最大の弱点であると言えます。
モデル例
第1層では、皮膚表面という限られた生態系で有益菌のマイクロバイオームとツボカビが増殖・占拠・抑制をめぐる低強度ですが持続的な競争を続けています。
マイクロバイオームが劣性になり第2層に達した時、生態系崩壊センサーの反応によりAMPという核のボタンが押されます。(パターン認識受容体、皮膚損傷シグナル、真菌由来分子などから第4層が判断します)
傭兵という有益菌はすでに殲滅に近い状態なので敵もろともすべてを消し去る焦土作戦と言えます。
ここで止まれば皮膚の修復により0(ゼロ)から復興(有益菌の再共生)を始めることができます。
脱皮も古くなった角質層を捨て、下層から新しい表皮を押し上げる定期的な自己修復と言えます。
これは日常的に起きている回復で、AMPによるリセットが止まらない場合、炎症型免疫は抑制され、代わりに再生プログラムが起動します。
強い免疫反応は再生と相性が悪く有尾類は免疫(炎症)を抑えて再生に切り替えることになります。
通常、哺乳類の免疫システムは、傷口を即座に塞ぐために「炎症→線維化(瘢痕)」というプロセスを強行します。イモリはこの瘢痕という「呼吸器官の喪失」を抑えるために、独自の進化を遂げました。
哺乳類の戦略:溶接による「遮断と排除」
哺乳類は、傷ができると「瘢痕(溶接)」によって一刻も早く外界との接触を断とうとします。
傷口に入り込む細菌は、たとえ常在菌であっても感染症(化膿)の原因となる「汚染物質」となるので強力な炎症(第3層)によって、マイクロバイオームごと細菌を焼き払い、線維組織で物理的な壁を作ります。この応急的な「溶接」された瘢痕組織には、本来の皮膚にある「毛穴」や「皮脂腺(汗腺)」が存在しません。マイクロバイオームが住み着くための「家(腺組織)」が失われるため、瘢痕部分は正常な微生物叢を維持できなくなります。つまり、哺乳類においてマイクロバイオームは「傷が治るのを邪魔する存在」と扱われます。
有尾類の戦略:再生による「再植林と共生」
有尾類が行う「大規模修復(再生)」は、単に見た目の再現性だけでなく、マイクロバイオームが住むための「生態系(インフラ)」ごと建て直す作業です。
有尾類の第1層(マイクロバイオーム)は、ツボカビなどの強敵から身を守るための「生物兵器」です。再生によって、これらの細菌が住み着くための粘液腺や分泌腺を完全に復元します。
再生された皮膚は、再び特定の粘液を分泌し、特定の有益菌(傭兵)だけを選別して住まわせることで第1層(マイクロバイオーム)の防御力が100%回復します。
現在のヒトの再生医療や外科手術の基本は無菌状態(アセプティック)です。
有尾類がBsalとの共進化で守り抜いた「微生物との絆」を理解することなしに、ヒトの再生の封印を解くことはできないと言えます。
モデル例2
ツボカビ治療にはイトラコナゾールが飼育下・研究・保全目的に限って使用されますが、薬剤などを使用した場合、病原菌だけでなく第1層(有益菌)も一掃して焼け野原にしてしまいます。
さらにその反動で第2層(AMP)を強制的に起動させます。
その結果、皮膚は無菌かつ高炎症状態に固定され、再生に必要な微生物・構造・時間のすべてを失います。
初期感染の薬剤治療はツボカビを駆逐できる可能性がありますが、その副作用として「第1層の全滅 + 第2層の暴走」が起きると、個体は「ツボカビには勝ったが、自らの免疫と薬剤のダメージで死ぬ」あるいは「生き残っても二度と再生できない体になる」という、致命的な帰結を辿る可能性があると言えます。
細胞毒性
・浸透圧障害:薬浴によって皮膚の生理機能が一時的に乱れます。
肝臓への三重苦の負担
・薬剤:外来毒物の分解(化学的処理)
・AMP暴走:再生に使うはずだった資材(エネルギー・アミノ酸)を、AMPの合成に強制転用し代謝破綻
・「ツボカビや共生細菌の死骸」による毒素ショック:菌の死骸や放出される毒素(エンドトキシン、プロテアーゼ等)の処理が同時に重なることで、肝不全に近い状態に陥るリスクがあります
また、菌の死骸から病原体関連分子パターン (Pathogen-Associated Molecular Patterns,PAMPs)を検知した免疫系がAMPをさらに分泌するという悪循環を生みます
Bdがパンデミックになった原因
現在、世界中で両生類の約4割が絶滅の危機に瀕しており、1980年代以降、急速な減少が確認されています。
主な原因は、生息地の破壊・汚染、気候変動、外来種など多くの影響によりますが両生類の絶滅のうち、約80%がツボカビ症を主因としているとの報告があります。
現在の絶滅危惧リスクの主な要因の比較
(第2回世界両生類アセスメント(GAA2)の主要データに基づく)
・気候変動: 39%
・生息地の破壊:37%
・感染症(ツボカビ、ラナウイルス等)
・過剰な利用(捕獲・取引)
・外来種の影響
・環境汚染
これらが相互に作用(相乗効果)して絶滅リスクを高めています
例:
・「冷涼な避難所」の喪失:温暖化とそれに伴う気候の不安定化がツボカビにとっての「最適温度域」に突入し高地の希少種たちが、ツボカビの猛攻にさらされています。
・熱ミスマッチ仮説:両生類とツボカビでは、気温の変化に対する適応スピードが異なります。急激な気温変動が起きると、両生類の免疫系は「設定温度の調整」に追われて疲弊し、隙が生まれます。その一瞬の隙を、温度変化に強いツボカビが狙います。
Bdが世界的なパンデミック(汎流行病、ここでは動物における汎流行病「パンズーティック,Panzootic」)となった主な原因は、食用やペット、研究用としての国際的な動物取引です。
国際的な動物取引
食用ガエル貿易:ブラジルなどの主要な食用ウシガエル供給国から、米国、日本、韓国などの市場へ生きたウシガエルとともに菌が運ばれました。
ペット・研究用取引:ペット用の色鮮やかな熱帯産のカエルや研究用のアフリカツメガエルなどが国際的に移動する際、無症状のまま菌を保有(キャリア)して他地域に持ち込みました。
「沈黙の運び屋」による広域拡散:これらキャリアとなった種はBdに対して高い耐性を持つため、発症せずに菌を運び、他の感受性の高い在来種がいる地域に持ち込んでしまったことが、悲劇的な結果を招きました。
Bdが持ち込まれた先の地域の在来両生類は、この特定の菌株に対する免疫や防御機構を持っていませんでした。長い進化の過程で Bd に遭遇したことがなかったこれらの「ナイーブな(免疫的に無知な)」宿主に感染が広がった結果、Bdが致死的な病気として作用し、多くの種の個体群が激減したり絶滅したりしました。
「キャリア(保菌者)」から「発症者」への変貌:国際取引では、長時間の輸送、急激な温度・湿度変化、狭い容器での過密状態が避けられません。これが動物に極度のストレスを与え、以下の変化を引き起こします。
・マイクロバイオームの崩壊: 安定した生息地から引き離され、不衛生な環境や異なる水質に晒されることで、皮膚上の有益な常在菌(Bdの増殖を抑える菌)が死滅・変質します。
・AMP(抗菌ペプチド)の減少:ストレスホルモン(コルチコステロン等)の分泌により、本来皮膚を守るはずのAMPの産生が抑制されます。
野生下では共生に近い形でBdを保持していた「無症状のキャリア」が、取引というストレス下で大量の菌を排出する「スーパー・スプレッダー」に変貌します。これにより、輸送中や取引先(ペットショップや市場)で、本来なら感染を免れるはずだった他の個体や他種にまで爆発的に感染が広がります。
次にあまり指摘されない餌の変化が及ぼす「移動する病原体 vs. 移動できない共生餌環境」のミスマッチの影響にも触れておきたいと思います。
毒・免疫・マイクロバイオームだけでなく「餌」も含めた共生システム
近年の研究では、皮膚上の「毒」と「AMP」は独立して機能しているのではなく、相互に補完し合っていることが示唆されています。
ブースター効果の消失:野生下では餌由来アルカロイドがBdの増殖を物理的に抑制し、その間にAMPが効果的に働くという連携がありますが、毒素が消えることでAMPが「単独」で菌と戦わなければならなくなります。
オーバーワーク:防御壁(毒素)がなくなることで、AMPだけで菌を抑え込もうと過剰に分泌を試みた結果、分泌腺が疲弊し、最終的にAMPの質や量が低下する現象(免疫疲労)が観察されています。
マイクロバイオームの変化を通じた間接的影響
餌の変化は、皮膚のマイクロバイオームを劇的に変えます。
相互作用の崩壊:皮膚上の特定の善玉菌は、宿主のAMP分泌を刺激したり、AMPと協力してツボカビの増殖を抑える物質を出したりします。
AMPの変質: 餌(栄養)が変わることで皮膚のpHや粘液の質が変わり、常在菌が変化すると、それに応答して作られるAMPの「種類(カクテル)」のバランスが崩れ、対Bdへの有効性が失われることがあります。
菌の起源と拡散:Out-of-AsiaからOut-of-Brazilへ
菌の起源については東アジア(朝鮮半島など)が起源とされていましたが、現在のゲノム解析により、ブラジル起源の系統が世界的な拡散に大きく寄与していることが再確認されています。
2026年1月の研究により、特定の致命的な系統(Bd-Brazil)はブラジルが起源であるという強力な証拠が示されました。この系統は1916年にはすでにブラジルに存在しており、貿易ルートを通じて世界へ広がったと分析されています。
ツボカビの生存力と拡散能力
Bdは、環境変化に対して非常に強い生存力を持ち、急速な拡大を可能にしました。
運動性のある胞子:水中を泳ぐことができる「遊走子」を持ち、水系を通じて直接他の個体に感染します。
環境への適応:宿主である両生類が全滅しても、淡水生態系内で生き残ることができ、再び新たな宿主に感染する機会を待ちます。
単に水中で数週間生存できるだけでなく、ザリガニやアカミミガメなどの他の生物に付着して生き延びることや、飼育水や水苔など湿った梱包材の中に遊走子が生息して菌を拡散させている可能性も注目されています。
現在確認されている主要な「系統」
Bdには、大きく分けて以下の5つ(あるいはそれ以上)の主要な系統が存在します。
Bd-GPL (Global Panzootic Lineage):世界中に拡散している最も凶悪な「パンデミック株」。
Bd-Asia (Asia-1, 2, 3):アジア各地に分布する、多様性の高い古い系統。
Bd-Brazil (Asia-2/Brazil):ブラジルの固有系統、あるいはアジア由来とされる系統。
Bd-Cape:主にアフリカで見られる系統。
Bd-CH:スイスなどで見つかっている系統。
それぞれの系統のストーリー
両生類の繁栄とそれに伴うツボカビの多様化・土着化のストーリーに於いてK-Pg境界は最も重要な「運命の分岐点」であると言えます。
「分解者の黄金時代」とツボカビの台頭:K-Pg境界直後、巨大隕石衝突により地球上には死滅した動植物の膨大な有機物が溢れ、日光を遮られた植物が枯死する中で、菌類が爆発的に繁栄しました。この時期はツボカビがBdとBsalに分かたれた重要な時期でもあります。
多くのツボカビ門の菌はもともと水中で有機物を分解する「腐生性」でしたが、この時期の爆発的な増殖と、生き残った数少ない宿主(両生類)との高密度な接触が、「脊椎動物の皮膚への寄生」という新たな生存戦略を加速させたという説もあります。
Bd-GPL:アジア(韓国など)が有力な候補ですが、北米東部などの新候補も浮上していて一点に絞り込むには至っていません。むしろ、複数の地域のツボカビが近年の人間の貿易によって混ぜ合わされた末に誕生した「国籍なき流浪の菌」である可能性も視野に入れて調査が継続されてます。
Bd-Asia:北米や欧州が壊滅的な打撃を受ける中、当時の東アジア(現在の中国南部から朝鮮半島周辺)は、比較的温暖で湿潤な気候が維持された「マクロ・レフュジア」であったと考えられています。また、急峻な山岳地帯、無数の河川、複雑な海岸線、そして氷期・間氷期に伴う海面変動と山岳氷河が「マクロ・レフュジア」内部を無数の「ミクロ・レフュジア」に細分化しました。多くの両生類が絶滅する中で、東アジアのサンショウウオや一部のカエル類は、「ミクロ・レフュジア」の環境下で「孤立」と温暖化による「再統合(交雑)」を繰り返し生き延びました。結果として東アジアという「マクロ・レフュジア」は最もツボカビが「多様化」したホットスポットとなりました。
この時期に、Bdは宿主の免疫系を完全に破壊するのではなく、皮膚の表面(ケラチン層)でバランスを保ちながら寄生・共生する能力を獲得し土着化したと考えられます。
Bd-Brazil:当時の南米は、現在の「アマゾン」のような広大な熱帯雨林ではなく、隕石衝突の影響で森林構造が劇的に変化した直後の時期にありました。衝突直後、南米の森林は一度焼き払われ、その後、針葉樹中心の森から現在の「被子植物(広葉樹)中心の熱帯雨林」へと急速に遷移していった時期です。世界的な寒冷化の後、南米は急速に温暖湿潤化が進みましたが、山脈の形成や海進(海水面の上昇)により、地形が細かく断絶されていました。最新のゲノム解析によれば、南米(特にブラジル大西洋岸森林)は、東アジアとは独立した古いレフュジアであった可能性が高いとされています。細分化された湿潤な森林が、Bd-Brazilのような独自系統を「孤立」させ、長期間かけて土着化させる環境を提供しました。
Bd-Cape:アフリカ大陸は、K-Pg境界当時は「孤立した島大陸」のような状態にありました。衝突後の寒冷化の影響を強く受け、現在のサハラ砂漠がある地域も含め、多くの場所が一時的に乾燥化または寒冷化しました。しかし、中央アフリカや西アフリカの一部には、湿潤な森林が断片的に残りました。アフリカツメガエルの祖先を含む両生類が、これらの断片的な湿潤環境(レフュジア)で生き延びました。Bd-Cape系統は、この「孤立」した環境でアフリカ固有の両生類とともに共進化し、他大陸の系統とは異なる独自の遺伝的特徴を固定させたと考えられています。
Bd-CH:K-Pg境界直後の寒冷化の際、ヨーロッパは多くの島々に分かれた群島のような地形でした。東アジアが「広大な避難所」であったのに対し、ヨーロッパではアルプス山脈の形成や海進・海退により、湿潤な環境がパッチ状(断片化して)に残りました。Bd-CHの祖先となるツボカビは、これらの断片的に残った湿潤な低地や、後に形成されるアルプス山麓の特定の水系で、ヨーロッパ在来の両生類とともに生き延びたと考えられています。Bd-CHは、世界を滅ぼしている猛毒のBd-GPLとは異なり、在来種に対して比較的低い毒性を示すことが知られています。 K-Pg境界後の数千万年間、狭い閉鎖的な「孤立」した環境で特定の宿主と付き合ってきたため、「宿主を皆殺しにせず、細く長く生き残る」という、東アジアの土着系統に近い共生的な進化を遂げました。
このように世界の各地でバラバラに「土着化」し、互いに顔を合わせることがなかったツボカビたちが、数千万年後の現代、「国際的な動物取引」という人類の活動によって、あたかもK-Pg以前のパンゲア時代のように再会することになりました。4億年にわたる両生類とツボカビの共進化を僅か100年ほどの時間で失わせ土着菌としてのツボカビ菌を確殺兵器まで押し上げたヒトの欲と無知が現在のパンデミックの本質的な恐ろしさです。
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