X投稿より
草食昆虫は単食性か寡食性あるいは狭食性が多く餌の調達が困難になることがあります。
しかし宿主植物によっては毒性の高い二次代謝産物を生産するものが存在し毒性を摂取した昆虫が天敵に対する防御手段としてリサイクルすることになりますので餌料生物として草食昆虫を育てる場合は代替飼料が必要になる場合があります。
※寡食性:狭食性の一種で特定のグループの動物や植物のみを食べる食性のこと
草食昆虫は排出、貯蔵、解毒(酵素や共生微生物)といった方法で植物が生産する防御物質に適応する進化を遂げてきました。
例えば、日本では餌としては馴染が薄いスズメガの幼虫でホーンワームと呼ばれる餌料昆虫は主にタバコスズメガ(Manduca sexta)が流通していますが摂取したニコチンをCYP6B46遺伝子により中腸から血リンパに通過させて気門から毒霧として放出する機能を備えており天敵から身を守る手段になっています。
故に海外ではホーンワーム用の人工飼料が販売されていますがこれらを与えた場合カロテノイド不足により体色が青緑に変化することがあります。
同じカイコガ上科ではカイコがシルクワームとして主にカメレオンなどの爬虫類の餌として使われています。
人間の健康食品としても知られる桑の葉を食べるカイコにも草食昆虫としての解毒機能がきちんと備わっています。
一説によると当初養蚕は桑ではなくハリグワ(針桑)を用いていたと言われており現在でも四川省の農村部ではハリグワの柔らかい葉でカイコを育てる習慣が残っているそうです。
ハリグワで育てられたカイコの絹は桑で育てられたカイコの絹よりも風合いが良く、色も鮮やかで非常に丈夫であることが知られています。
1637年(明の崇禎帝10年)に宋応星が編纂した科学技術書の「天工開物」にはハリグワで育てたカイコを「棘繭」と呼び琴弦や弓弦に適していると記載があります。
このハリグワにはプレニル化イソフラボンが多く含まれていますが、カイコの糞便中からはグリコシル化誘導体が検出されることから腸内細菌叢により代謝解毒されていることが判明し、特に枯草菌(Bacillus subtilis)をプロバイオティクスとしてカイコに与えると成長と発達が促進できることが示唆されています。
通常カイコは桑の葉を用いることが多いですが腸内細菌叢の存在が重要であることがわかります。
餌料生物としてのカイコは比較的高価な餌と言えますが餌の調達コストに原因があることは言うまでもありません。
5齢カイコの体重は蟻蚕(初齢)の10,425.53倍、体面積は520倍まで成長します。 1匹のカイコが食べる桑の量は生の桑の葉で約21グラム(乾物5.25グラム)と言われていますが、そのうち85〜88%を5齢カイコで消費すると言われています。
5齢カイコの体重は4齢カイコの4.08倍、体面積で2.24倍と加速的に成長しますが主に体内の絹糸腺という器官が急速に成長しているためで絹の材料を生産するための粗タンパク質を吸収しています。
最終的に絹糸腺は蟻蚕と比較し体積で16万倍に達します。
また桑は落葉樹であるため通年採取が不可能になります。
草食昆虫の多くは臭覚受容体と味覚受容体によって餌を認識していると言われています。
カイコの餌の選択には苦味受容体遺伝子GR66が大きな影響を与えることが判明しておりこの遺伝子が突然変異を起こすとカイコは桑以外の植物の葉やリンゴなどの果物を無差別に食べることがわかっています。
とは言うものの食べ物により絹質へ与える影響も懸念されることから広食性のカイコが実現化されるのはまだ先のことではないでしょうか。
絹産業として見た場合カイコには革命的な人工飼料が存在します。
「ヨード卵・光」で知られる日本農産工業株式会社(NOSAN)の「シルクメイト」によりカイコの全齢飼育が通年可能となっています。
カイコの餌は飼料安全法の対象とはなりませんがNOSAN社が飼料メーカーであることから飼料安全法に準じた管理がされていると推定できます。 特に飼料及び飼料添加物の表示がされている点は飼料業界のリーディングカンパニーとして称賛に値すると考えます。
メーカーHPの製品の紹介によるとシルクメイトシリーズには飼料安全法の基準に準じたと思われる飼料添加物として防腐剤及び抗生物質が添加されていることがわかります。
カイコ(Bombyx mori)はクワコ (Bombyx mandarina) から完全に家畜化された昆虫で品種も多岐にわたるため細菌感染に弱い品種も存在すると思われますので産業面から捉えれば安心して使用できる飼料と言えますが餌料生物の餌として捉えればこれらの飼料添加物は気に掛かる存在と捉える方も少なくないのではないでしょうか。
この場合次の対応が考えられます。
1.そのまま使い続ける 自己責任に於いて枯草菌を添加しても良いかもしれません。
2.自分で人工飼料を作る
参考までに当店で作るレシピを紹介しておきます。 応急的にしか作りませんので少量となっています。 量や加熱時間は適宜調整してください。 桑の葉(桑の葉茶)のみで作る時は水量が多くなります。 材料は無農薬などのヒューマングレードになりますが小動物にとってヒューマングレードが良いとも限りません。 ただし、現実的にヒューマングレード以上のものは入手が困難になります。
【3分でできるシルクワームフード】
材料(大葉一枚相当分)
桑の葉100%パウダー 5g
きな粉 4g
コーンフラワー 1g
水 25ml
必要に応じて餌料酵母やビタミン、枯草菌を追加してください。
作り方
1.桑の葉、きな粉、コーンフラワーをよく混ぜ水を加えて良く練る。
2.電子レンジで約1分加熱して完成しますので冷ましてご使用ください。
3.ブランチングした冷凍桑の葉をストックしておく(おすすめ)
※ブランチングとは、野菜や果物などを短時間加熱し冷凍保存によって活性化する酸化酵素を不活性化する調理法です。
方法
1.桑の葉を100℃の熱湯で30秒湯通したのち素早く引き上げ冷水で冷まします。
2.葉を一枚ずつタオルなどに並べ乾燥させる。
3.ある程度乾いたらチャック付ポリ袋へ適量毎に分けて冷凍保存する。
参考
TOSHIO OHNISHI, Freezer storage method for mulberry leaves pretreated with boiling water, The Journal of Sericultural Science of Japan, 1986, Volume 55, Issue 2, Pages 137-142, Released on J-STAGE July 01, 2010, Online ISSN 1884-796X, Print ISSN 0037-2455, https://doi.org/10.11416/kontyushigen1930.55.137…, https://jstage.jst.go.jp/article/kontyushigen1930/55/2/55_2_137/_article/-char/en…,
最後にカイコ(蚕)と養蚕の歴史に触れておきます。
養蚕の発祥地は中国で日本には弥生時代に伝わったと言われています。
世界最古の絹は山西省夏県西陰村の仰韶文化遺跡で発見された5,000年から6,000年前の蚕繭で、鋭利な刃物で17%人工的に切断されていることから食料か占いの道具ではないかと推定されています。
養蚕は先ず食料調達として始められ、後に絹糸の利用が始まったと言われています。 古代シルクロード南部の重要な結節点であり養蚕で栄える四川省凉山州にプーランミ(カタカナチベット語は的確でない可能性あり)と名乗るチベット族部落があり、これはチベット語で「蚕を好んで食べる人」という意味だそうです。
糸を吐き続け完成させた繭から妖精の姿に生まれ変わり天へ飛び立つ完全変態の様は、古代人にとって単なる家畜ではなく神格化された存在であったことは天 + 虫から表された「蚕」の字から容易に想像でき、蚕を食べることで神の力が体内に宿ると信じていたのかもしれません。
また幼虫組織の細胞死と成虫組織の再構築を守る美しい繭の存在は死の棺であると同時に再生のゆりかごを意味し、絹に一層深い想いを託すことができたのではないでしょうか。
そして長期に亘り絹を身につける特権は皇帝や貴族だけのものでした。
(蠶の漢字の成り立ちは大量に紡いだシルクのお団子頭という意味)
この半繭は1928年にワシントンのスミソニアン博物館に持ち込まれBombyx moriの祖先と証明されました。
これについては後世で混入したのではないかという意見もありますが、約6,000年前の仰韶文化初期の師村遺跡からは石刻の蚕繭が発見され、浙江省湖州市呉興区の銭山漾遺跡をはじめいくつかの遺跡から養蚕や絹織技術の形跡が発見されています。
これは北宋の劉恕が書いた「通鑑外記」のなかで黄帝の正妃である嫘祖が人々に養蚕を教えたとされる伝説と時期や場所(黄帝は山西省南西部で蚩尤と「潞塩」を巡る争いをした)が一致しています。
また2019年、河南省滎陽市の仰韶時代の汪溝遺跡からELISA(酵素結合免疫吸着測定法)により発見された絹織物の残骸が約5,500年前のものであるとされたことから専門家の間では絹織物の起源は約5,500年前であると考えられています。